丹道夫 富士そば 代表取締役会長

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東京を中心に繁華街に必ずあるといっていいほど、店舗数が多い富士そば。その富士そばを創業し、全国にその名を知らしめるまでに成長させたのが丹道夫さんです。1935年12月15日生まれ、84歳の丹道夫さんは愛知県名古屋市の出身です。カバンを仕立てて販売する商売をしていた父親は丹さんが生まれてすぐに亡くなり、母親の実家があった愛媛県西条市に引っ越しをすることに。母親は芸者として生計を立てていましたが、弟が出来てからは重労働をさせられるようになります。その後専門学校を卒業し、愛媛と東京を行ったり来たりする生活に。なかなか上京しても定着しなかった中、ついに埼玉県川口市弁当屋を開業し、成功をおさめます。1964年、不動産売買の誘いを受け、チャレンジ。当初失敗寸前に追い込まれますが、そこから巻き返し、当時にしては珍しい1日1億円の売り上げをマークするなど、実業家として大成功。いくつか手掛けた事業の中に富士そばがありました。


1966年、渋谷で誕生した富士そばは、日本初めて24時間営業を行う立ち食いそばのお店でした。結果的に成功し、出店ペースを上げていきますが、母親の病気や共同経営者との見解の相違などもあり、心の整理をつけながら複数の富士そばを抱え、自分だけで経営を行っていくことを決意。出店ペースは年間で複数の店舗にとどめ、2013年に100店舗を達成するという、ペース的に遅さを感じる一方、着実に売り上げを重ねていき、都内の駅の近くには必ず富士そばがあるような状態にさせ、ついにはそばのチェーン店で業界一になります。富士そばは業界の中でも素早く生そばに切り替えるなど、味にこだわりがあります。実は店によって味に違いがあり、チェーン店でありながらバラつきが見られます。


丹さんの年収ですが、会社自体が上場していないため、役員報酬がいくらかは定かではありません。アルバイトにボーナスを出し、独り占めは良くないと主張する丹さん。そのため、典型的な親族経営でありながらも、実はそこまで多くはもらっていないという可能性も出てきます。富士そばは社員への待遇が素晴らしく、平均年収も500万円程度と高く、社員への還元が手厚いことも特徴です。社員の平均年収などを考えるとだいたい2000万円程度かもしれません。生い立ちは非常にしんどく見えますが、それにも負けない姿を見せており、富士そばのブランドはいまや日本だけでなく世界に広がっています。